「遅くなった挨拶とお礼」
人は誰でも一冊の本が書ける。生きた軌跡を書く「自分史」である。何かの本に書いてあった。
私は50歳くらいの時から、それまでの自分を振り返り生きた時間の分だけ積み上げられたさまざまな出来事やその時々の思いを整理したい、いつか自分史を書きたい、そう思っていた。
2008年4月立教セカンドステージ大学に入学、履修届のカリキュラムに「現代史の中の自分史」を見つけ私は真っ先に選んだ。
受講生は50名くらい。私が立花隆先生が有名なジャーナリストであることを知ったのは授業を受けしばらくしてからのことだった。
ゼミ生との飲み会に参加した帰り道、池袋東口商店街の横断歩道を並んで歩く立花先生に私は聞いた。
「先生は本が好きですか?これまでに一番すばらしいと思った一冊の本は何ですか?」
「本は好きだよ!沢山あって一冊だけ選ぶことはできないな〜」といつものやさしい目と微笑みでバカな私の質問に真夏の短パン姿の先生はきちんと答えてくれた。
あとで膨大な著書のある有名な先生と知らされクラスメートのみんなに「誰になんてことを聞いたの?」とあきれられた。
日本経済新聞の『私の履歴書』を参考にして書きなさい・・「自分史」の授業が始まった。まずは生まれてから小学校に入学するまでを書き始めた。
私の心のステージに幼い頃の自分が現れる。
そう、もう50年以上も前の私に引き戻される心で書き始めた。
驚いた。私は記憶は歳と共に薄れてゆくもの、ましてやその時の感情や心の動きなど消え失せているものと思っていた。驚いた。
思い返すひとつひとつの出来事にその時の感情がそのままにくっついていて、あたかも「その時」に私が居るかのように記憶の消えてはいない私の心を観た。
驚いた。
小学生の私を書く時は小学生の私が感じた心を書き、高校生の私は高校生の私が感じた心を書いた。まるで自分が歩いた人生の道をもう一度生き始めるかのように・・。
3回目の授業の時だった。
先生が自分史の年表作りを課題に出した。自分がどういう時代に生まれ、時代の何に影響を受けてきたのか、記憶を引き出し客観的にいろいろな事が見えて来る自分だけの年表を書きなさいと。
そうか、この授業は「現代史の中の自分史」なのだ。
みんなすごい年表を書いてきた。自分が生まれた時の世界の出来事・日本の出来事・家庭の出来事・影響をうけた人の年表などなど世界、いや宇宙的な観点から見る自分そして自分の人生・・なるほど、そういう目で自分を、自分の人生を確認するのか、そうやって書くものなのか・・これぞ「現代史の中の自分史」、そう教えられた。
が、私は年表が書けなかった。
なぜだか私は昔から年表とか全く苦手で・・書こうとはしたが書けずにいた。年表を書かないと次へは行けないと思い、結局授業は受けていたが毎週火曜日までに提出しなくてはならない原稿を私は出さなく、いや出せなくなった。
「落ちこぼれの梓木で〜す!」私は書けない自分をうそぶいた。
ある日の授業の終わり、他の生徒の作った年表を“どうしてこんな年表が作れるのだろう”とため息まじりに私は見ていた。
教壇の上で資料の後片付けをする立花先生に思い切って私は聞いた
「先生!年表どうしても書けないのですが、書かなくちゃだめですか?」
「書けなきゃいいんだよ。君の書けることを書きたいように書けばいいんだよ!」先生はそう答えて下さった。
年表書かなくても続きを書いていいんだ。やった〜!私は再び書き始めた。
どんどん自分を書いた。“爆発”した!
日本経済新聞を参考にとか、年表を作り客観的に自分を見るとか、そんなこと何もかも忘れ私を書いた。私の心を夢中で書いた。
シラバスには『個人的なことを書くので他人に見られたくないと思う人は履修しないで下さい』とあるがそんなこともおかいまいなしだ。
今書かなければ2度と書けなくなくなる。こんなチャンスはない。
私はそう思い自分を書いた。鮮明に残るその時々の自分の心を書いた。
私の人生すごいでしょ!私頑張ったでしょ!まるでそうとでも言いたげな虚栄心の固まりの人間と思われるかも知れない。
けれど私は自分に向かって私の心をそのままに書いただけであり、整理できずにいた私の心を書いただけであり、自分の心を書き留めておきたいと思っただけだ。
自分史を書くために授業を受けたが、私は“授業の提出物”としては書かなかった。
書くなら本気で書きたい、何もかもを心のままに書きたいと思ったのだ。
7月中旬、授業終了。出来ていない人は夏休み明けに提出のこと。
なまけものの私は授業が終わるとまた書かなくなった。夏休みが明け、9月が過ぎても提出はしなかった。
何回かの催促はあったが、それでも出さず、ある日のこと、とうとう未提出者が私1人だけとなり『出来ている分だけで良いので11月12日午後2時までに必ず提出して下さい』という最後通告がきた。
大変だ!!何とか書きためていたものを整理し、目次をつけ、後書き、前書き、今の自分にやっと繋げ11月12日午後3時提出した。
自分が怠惰なだけの理由なのに、まだまだ書ききれてはいない未完の自分史が情けなかった。
立花先生や多くの方達にこれだけ迷惑をかけながら、やっと提出した私なのに、バカな私は提出の時こんなコメントをつけた。
「未完のままですが提出いたします。きちんとまとめ完成した自分史が出来ましたら再度読んで下さいますか?」
期限後4ヶ月もの長い間提出もせず迷惑をかけた私に、こんな返事が返ってきた。
「完成品、いつまでもお待ちします。」と。
あの最後通告がなければ、4ヶ月も遅れて提出する私を受け入れて下さる懐深い大きな心がなければ私の自分史は今もなお途中のままに終わっていたことだろう。ただただ感謝の思いでいっぱいだ。今もなお、その時以上に。
授業に携わったある人からブログに載せてみてはと話をいただいたのは昨年4月のことだった。
まだまだ仕事の中の私、亡くした親友のこと、死んだもう一人の兄のこと、息子達のこと、昔裕福だった梓木家の没落のこと、書きたい事がいっぱいあった。
けれど授業もなく提出期限もないことで心入れて書くこともなく、ただ思いだけが“もっと書きたい”・・そう思うだけだった。
「自分史」をブログに?自分史を他人に読んでもらう?
それはどういうことか・・。「自分史」とは何か・・。
私が私のために書いた自分史、他人に読んでもらうことを意識して書いたものではない私の自分史。
にもかかわらず、なぜ私は自分史をブログに載せるのか。私の人生を。
考えていた・・。
月日はどんどん過ぎ去り2009年12月。
私の心が動いた。
もうすぐ卒業。やらないで後悔するよりやって後悔しよう!
なぜそうするのか、したいのか、わからなきゃわからないままでいい。
全く文章など書いた事のない日記のような私の自分史を他人が読んでくれるのだろうか。読むに耐えうる文章、内容なのか。生きてきた途中での出来事と私の心を書いただけの自分史が。
けれどとにかくやってみよう。やってみたい。
中傷、誹謗、笑われる事をも覚悟しよう。
2009年12月13日、自分史に書いた方々に断りもせず、読んで下さる方への始まりの挨拶もせず、私の自分史「ザ・ヒロ子」がブログデビューした。
大勢多数の1人の人生など他人にはどうでも良いこと、文章のきまりも何も知らない拙い文章、秩序なく混沌と書いた私の自分史。
不安だった・・。
けれどそんな不安をよそに私の自分史を読んで下さる方がいた。
私の自分史につきあって下さり、書ききれていないもどかしい拙い文章から私の思いを深く読みとって下さる読者がいた。
たくさんの方から真面目な誠実なコメント、手紙、メールが届いた。
ありがとうございます。心全部で私はそう思った。
読者の方は読み続けて下さり、その時々の感想まで下さった。
うれしかった。読者からのそれぞれの思いを深く受け取った。
心から感謝した。
年が明け2010年1月5日、最後の章(30章)がブログに載った。
書いた私は、これが最後の章、いつになく1人の読者のような思いで読んだ。
うまくは言えない。が、ある寂しさが心をよぎる気がした。
「ああ、これでこの章で私の人生が、心にしまってきた私の人生が私から離れていく・・」何かが終わったけだるさのような心が、よぎった気がした。
・・・そのあとだ。私の中から何かしら突き上げてきた。
書きたい!もっともっと書きたい!サイダーの小さな泡つぶのように現れては消え、消えては現れるこの私の心を書きたい!
書く事が自分へのカタルシス、書く事の意味、書くことの大切さ。
そうだったのか・・。
ブログを進めて下さった方の思いに、この時初めて私は気づかされたように思った。
その方の思いはきっとブログをきっかけにして自分を追い込み、とにかく書きなさい、そう私に言いたかったのではないだろうか。
書いて書いて書き続けなさい。誰のためでもないあなた自身のために・・そう私に教えたかったのではないだろうかと。
やっと今私は、本気で自分史を書こうと思うところに来れたように思う。
書いて書いて心を書いて「梓木ヒロ子」という大勢多数の1人の女を、人間を、「ザ・ヒロ子」を死ぬまで書いていこう。生ききろう。
今、私は心からそう思う。
自分史・・Making of myself・・。
読者の皆様へ
私は今、在学しているセカンドステージ大学の卒業間近となり修了論文の完成めざして頑張っています。そのため「ザ・ヒロ子」の続きは少しの間お休みさせていただき2月からまた再開したいと思っています。
この1ヶ月間、最後まで拙い私の自分史につきあい読んで下さった読者の皆様、そしてたくさんのコメント、手紙、メールを下さった「かっちゃん」「カンコさん」「小吉くん」「札幌のよっちゃん」「惠子さん」「芳枝さん」「阿美さん」「篤姫さん」「ときこさん」「京子さん」「めえさん」「舞さん」「イチカワさん」「道子さん」「小オニさん」「ジャンボなシバタさん」「松っつあん」「悦ちゃん」「ますみちゃん」「のっちゃん」、セカンドステージ大学クラスメートの皆様、セカンドステージ大学本科修了生の皆様、セカンドステージ事務の皆様、ブログに載せて下さった立花事務所の皆様、作業をして下さったSマネージャー、私を心から応援して下さる皆様、みんなみんな本当に本当にありがとうございます。
2月再開の次回からもまたおつきあい下さるよう、読んで下さるようよろしくお願いいたします。
2010年1月11日
立教セカンドステージ大学専攻科 あん子

